【小説第1話】たぬきからの脱出

 ウィスキーの品ぞろえが自慢の隠れた名店・ショットバー「K」。

 立派なウォールナット材のカウンターにもたれかかっているのは、この店の常連である一人の男だった。

「フフッ……。それにしても、人気者ってのは罪なもんだねぇ」

 右斜め四十五度を見上げながら、恍惚とした表情で男は呟く。

「――そうだな。だが、調子に乗らないほうが身のためだぞ、『井上サン』」

 カウンターの内側。男と向かい合わせになるように立った坊主頭のマスターが、穏やかな口調でそれに答えた。

「やだなぁ、そんな他人行儀はやめてよ。いつも通り『ジェリー』でいいからさぁ。――あ、そっか! 私が人気者になっちゃったから、遠慮してる? 水臭いなぁ~。私とマスターの仲じゃない」

 男は至って上機嫌で、べらべらべらべらよく喋る。