【小説第8話】たぬきからの脱出
「んぁ~~~? 何ですかな、それはぁー?」
酔いのせいで既に目の焦点が合っていないジェリーが、興味深げに身を乗り出した。
茶色い瓶に、青いラベル。サイズからしても、オロ○ミンCとかリポ○タンDとか、そういったものを想像させる。
「私が見つけた、その日の酔いを次の日に残さない『とっておき』ですよ」
紳士はそう言って意味深に笑った。もはや『その日』でも『次の日』でもないことなど気にならないくらい、とんでもない秘密を隠していそうなとっておきの笑みだ。
「味には少々難ありですが、効果はてきめん。これもせっかくのご縁ですから、一本差し上げますよ」
「うぉお~~! いいんですかなっ?!」
紳士がそう言って差し出した小瓶に、ジェリーは一も二もなく飛びついた。
苦かろうがしょっぱかろうが、背に腹はかえられない。
ジェリーも実際心の奥底では、飲み過ぎたことを自覚しているのだ。
そういえば上司の望月にもどやされたばかりだったし、これ以上問題ごとの種を増やしたくはない。
「そのドリンクは初めて見ますな。そんなに効くんですか?」
マスターが興味深げにジェリーの手の中にある小瓶を眺める。
「ええ、そりゃあもう……」
そう言って紳士は、喉の奥でくつくつと笑った。
「そんじゃあ、いっただっきまぁ~~す!!!」
プシュッと小気味のよい音をたてて、ジェリーが瓶のフタを開ける。
天井をあおいで喉を鳴らしながら、一気に飲み干した。
「ウゲ~~っ!!」
確かにマズイ。とんでもなくマズイ。
消しゴムをコーヒーにつけこんで一時間くらいこんがり焼き上げたような味だ。
しかし、こう、何だか身体の奥底が熱くなってくるような。
お腹の奥の奥の方から、何やら得体の知れないパワーが湧き上がってくるような。
「――れれれ~……?」
そのうちに、ジェリーの視界はくるくると盛大に回転し始めた。
「まぁ~わぁ~るぅ~……」
やがてゆっくりと世界は傾き、陽炎のようにゆらゆらとゆらめきながらホワイトアウトする。
「おいっ!! ジェリー! ジェリー!!」
マスターの取り乱したような呼び声を遠くに聞きながら、ジェリーはゆっくりと意識を手放した。
「しっかりしろ! ジェリー! ――ジェリーーーッ!!!」
ガタガタという物音、マスターの雄たけび。
それにまぎれてごくごく小さく、ほっほっほという何者かの、愉悦を含んだ笑い声が聞こえた気がした。