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【小説第1話】たぬきからの脱出

  • 執筆者の写真: tanteijelly
    tanteijelly
  • 2016年3月30日
  • 読了時間: 2分

 ウィスキーの品ぞろえが自慢の隠れた名店・ショットバー「K」。

 立派なウォールナット材のカウンターにもたれかかっているのは、この店の常連である一人の男だった。

「フフッ……。それにしても、人気者ってのは罪なもんだねぇ」

 右斜め四十五度を見上げながら、恍惚とした表情で男は呟く。

「――そうだな。だが、調子に乗らないほうが身のためだぞ、『井上サン』」

 カウンターの内側。男と向かい合わせになるように立った坊主頭のマスターが、穏やかな口調でそれに答えた。

「やだなぁ、そんな他人行儀はやめてよ。いつも通り『ジェリー』でいいからさぁ。――あ、そっか! 私が人気者になっちゃったから、遠慮してる? 水臭いなぁ~。私とマスターの仲じゃない」

 男は至って上機嫌で、べらべらべらべらよく喋る。

 ベージュのトレンチコートに鹿撃ち帽。

 いかにもな探偵ルックでキザったらしく人差し指を振る彼こそが、井上サトシ――もとい、今をときめく話題の男・ジェリーであった。

 その風貌からお察しの通り、ジェリーは探偵である。

 しかし頭に(自称)のつく、いわゆる名乗った者勝ちの、そういうアレだ。

「私は極めて有能な、頭のキレる、エルィィィィトだからね!」

 そんな彼が先述したように『話題の男』となっているのには、押すに押されぬ理由がある。

「『エリート』じゃなくて、『頼りない』の間違いだろ? ジェリーはどうも放っておけないからな。だからこそ、こうやって成功してきたんじゃないか」

 そう。これまで依頼された数々の難事件を、ジェリーはもれなく“人の助け”によりまるっとずばっと解決してきたのだ。

 しかし、そんな格好悪いことを、この男が公にするわけがない。

「私が解決した!」

「私のおかげ!」

そんなホラ話があっちに広がり、こっちに広がり、今では非常に有能な探偵であるともてはやされているのだが……実際のところは、皆様もお察しの通りである。

「真にできるオトコってのは、時に母性本能をくすぐりッ、しかしながら、最後はばっちりワイルドな魅力でキメッ! そういうものなの。わかる~? マスタ-」

「はいはい。そういうことにしておくよ、ジェリー」

 酔っぱらいのたわごとを柔らかい微苦笑と共に聞き流しながら、マスターはてきぱきとグラスを磨き始める。

「もぉ~! 何、『そういうことにしておく』ってぇ~」

 不服そうに唇を尖らせながらも、ジェリーは上機嫌だ。へらへらと笑ってヒゲの浮いたあごを撫でている。

 氷によって少しずつ薄まっていく水割りのおかげで、彼は今日もいい感じに酔っていた。

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