【第15話】たぬきからの脱出
クビになったからといってそのまま家に帰る気にもなれず、ジェリーはふらふらと街をさまよっていた。
あれから何時間経っただろうか。朝食も昼食もとっていないから、腹がぐうぐうと盛大に鳴っている。太陽は既に沈み始め、時刻はおそらく夕刻に近いだろう。
まるで死人のような形相で歩くジェリーと、それを遠巻きに見ながら眉間に皺を寄せる街の人々。
むなしい。所詮、自分の人生——いや、たぬき生なんてこんなものなのかと、ジェリーは途方に暮れていた。
よりどころを求めたジェリーの足は、いつの間にか両替町に向かっている。
辿り着いたのはいつものあの店、ショットバー「K」。
思い返せば今も昔も、ジェリーにとって唯一の『心安らぐ場所』はここだった。
——まだ少し営業開始までは間があるが、駄々をこねて少しおいてもらおう。
そう考えたジェリーは、カランコロンとドアベルを鳴らして店内に足を踏み入れた。
「おお! ジェリー! ちょうどいいところに!」
予想に反して、マスターはジェリーのことを満面の笑みで迎え入れる。
「とにかく、早くこっちにこい!」
手招きされるままに歩み寄るが、ジェリーにはマスターのテンションがどうしてそんなに高いのか、見当がつかない。
訝しげな表情のまま『いつもの席』に腰かけたジェリーは、マスターを見上げて皮肉気に笑った。
「なに? ——もしかして、人間に戻る方法が見つかったワケ?」
まさかそんなはずがない、という語調で尋ねる。
しかし、マスターは「よくぞ聞いてくれました」とばかりに得意げな笑みを浮かべていた。
すっかりいじけてヤケになっていたジェリーの心が、少しずつざわざわと騒ぎだす。
「あいにく方法はまだ見つかっちゃあいないが……限りなくそれに近付いた、と言ってもいい」
自信満々にマスターが放った予想外の言葉に、思わず目を見開いた、その時。
「——君が噂のジェリーか」
聞き覚えの無い低い声が、そうやってジェリーの名を呼んだ。
マスターと自分しかいないと思っていた店内。
不意に響いた『誰か』の声に、ジェリーは肩を震わせ辺りを見回す。
「だだだ、誰っ?!」
ビクビクするジェリーを笑いながら、マスターがジェリーの席のすぐ隣のスツールを顎で示した。
「失敬、申し遅れたな」
なんともジェントルメンな言葉と共にこちらを見上げているのは——トカゲに似ているが、そうではない。彼はおそらく——。