【小説第14話】たぬきからの脱出

「はいはい。充分に存じております。私は今日でクビ……って、えーーーーッッ?!」

 意図せず華麗なノリ突っ込みを披露することになったジェリーは、望月課長のデスクの前に駆け付け、足りない身長でぴょんこぴょんこしながら今にも掴みかからんばかりの勢いで抗議する。

「どどどどど、どうしてですかッ?! そりゃあ確かに人より少—しばかり遅刻は多いかもしれませんがッッ!!!」

 机から身を乗り出して、じたばたともがいているジェリーを見下ろしながら、課長は再び丸眼鏡をくいっと持ち上げる。

「いや、遅刻が多いからとか、勤務態度が悪いからとか、そういう理由だったらとっくの昔にクビにしてるから」

 望月課長のなんでもない風の言葉に、ジェリーは愕然とする。それだったら、何故、どうして自分がクビなんだ?!

「いやー、たぬきはいかんよねー。せめてキツネだったらよかったんだけどねー」

 課長はそう言って、先程取り出した手帳の一ページを示す。

 近くでよくよく見れば、それは市役所での勤務開始時に配られた、就業規則をまとめたものだった。

「『第十七項二十四条。いついかなる事情をもってしても、たぬきの就業は禁ずる』ほら、ここに書いてあるでしょ」

 そう言って課長は椅子から立ち上がると、しゃがみこんでジェリーにも見えるようにしながら、手帳のある部分を指さした。

 ——なるほど。そこには確かに、たぬきの就業を禁ずる文言が記されている。

「どどど、どうしてたぬきだけ……ッッ?!」

 わなわなと震えるジェリーに、望月課長は淡々と言い放つ。

「知らないの? その昔、駿河の有名な大名がたぬき鍋にあたって命を落とし……」

「私のことは食わんでしょうがッッ!!」

 言葉尻にかぶせる勢いでそう抗議しても、就業規則は揺るがない。

「——ともかく。君は今日でクビだから。まぁ頑張って次を探しなさい。きっといい人生……いや、たぬき生が……」

「もういいですっっ!!」

 課長の言葉を最後まで聞き届けることのないまま、ジェリーは脱兎のごとく駆け出した。

 こみあげる涙をこらえて市役所を後にし、陽気な若者であふれる七間町へと逃げ込んでいく。

 情けなく歪んだ顔は不細工である自覚があった。まるですれ違う人すべてが自分を笑っているようだった。

『なに、あれ』

『たぬきだよ』

『なんでたぬきがこんなところに』

 そこかしこでそんな声が聞こえる気がして頭を抱える。

 ふらふらと歩道からはみだして歩くジェリーを迷惑そうに避けながら、通りすがりの乗用車がパッパーと騒々しくクラクションを鳴らした。

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