【小説第11話】たぬきからの脱出
「恐らく、謀られたんだろう。まさか、人をたぬきにする方法があるなんて、にわかには信じがたいがな」
「そんなぁ……」
ジェリーは呆然としながら、怒涛のようだった今日一日の出来事を反芻した。
青いワンピースを着た美女、花野舞には下着泥棒と間違われ。
青いトレンチコートを着た紳士には、得体の知れないものを飲まされ、挙句たぬきになってしまうなんて!
「わたしは青が嫌いになりそうだよ……」
ジェリーはそう言いながら、すっかり肩を落としてしょぼくれていた。
マスターはつるつるの頭をかきながら、店内にある小さなソファを顎で示す。
「——今日は事情が事情だ。そこを使って構わないから、少し寝て行け。一時間か二時間なら休めるはずだ。あんなことがあった後だが、今日もお前さんは仕事だろう」
いつも、皮肉を言うか茶化すかしかしないマスターがこんなに優しいということに、事態の重大さを感じずにはいられない。
「うぅぅ……」
ジェリーはのろのろと立ち上がり、提供されたソファの上に倒れ込んだ。
「——こんなんで……これからどうしろっていうんだぁ……」
泣き言の語尾にはすでに寝息が混じっている。
すっかりコンパクトになってしまった肩をすぅすぅと上下させながら、ジェリーは眠る。
「——困ったことになっちまったな……」
残されたマスターはそう言って、再び自慢のスキンヘッドをガリガリと掻いた。
「作戦コードB成功。ターゲットはたぬき化した」
朝方の薄もやの中で、小さく響く男の声。
何回かの短い相槌の後、話し声はいったん途切れる。
「——これで、『名探偵ジェリー』も形無しですな……。ほっほっほっ」
可笑しくてたまらないといった風に笑った男は、青いコートをひるがえして目覚め始めた街のどこかへと消えていった。