【小説第9話】たぬきからの脱出
「うー……」
うめくようにあげた声が、こころなしかいつもより少し高い気がした。
重い瞼を無理矢理持ち上げると、かすんだ視界が徐々にクリアになっていく。
背景は、なじみのショットバー「K」。
心配そうにこちらを覗き込んでいるのは坊主頭のマスターだ。
「——んぬぅー……?」
いつもつっけんどんな彼が、こんな顔をしているなんて珍しい。
そもそも今、何がどうしてこんな状況になっているのだったか。
うぬぅ、と眉間に皺を寄せていると、それに気付いたマスターが常ならぬ大声をあげる。
「ジェリー!! 気が付いたか!!」
彼はそう言って、ごつごつとした手でジェリーの肩を揺さぶった。
「うわわわ……あんま揺らさないで……何か出てきそう……っ!」
力無い声でそう言うと、マスターは慌ててジェリーから手を離す。
「ったく、心配かけやがって……」
マスターはそう言って額の汗をぬぐうが、ジェリーには、どうして自分が心配されているのか、どうして彼がそんなに取り乱しているのか、事情がさっぱりわからない。
だがこころなしか、マスターの身体がいつもより大きく見える、ような……?
「あー……それで……。その……何ともないのか?」
「?」
ジェリーは、歯の奥にものがつまったようなマスターの物言いに首を傾げた。
「何ともってことはないよ……。やっぱりちょっと飲みすぎたかな。頭が痛くて……」
そう言ってこめかめに手をやった瞬間、違和感に気付く。
まず、手がおかしい。
指が自由に動く感覚が無いし、どれだけ力いっぱい伸ばしても思ったところに届かない感じがする。
そしてこめかみを触った瞬間の、ファサッとした毛の感触。
髪でもなければヒゲでもないその感覚は、そう……まるでコートのフードに付いている、天然もののファーのようだ。
「???」
頭の中を疑問符でいっぱいにしながら、改めて自分の右手をまじまじと見つめる。
——そこにあったのは、毛むくじゃらでやたらと丸っこい、元の姿とはかけ離れた、ふわふわもふもふの獣の手だった。