【小説第6話】たぬきからの脱出
「ふぅ……さんざんだったな……」
静まり返った夜の街。
ぜぇぜぇと肩を上下させながら、ジェリーはようやくショットバー「K」の店先に帰り着いた。
「ったく! こうなったら、飲まなきゃやってらんない!!」
明日の仕事は何のその。
遅刻常連窓際公務員であるジェリーに怖いものなどないのである。
そろそろ店じまいを始めるであろうマスターに、愚痴を聞かせながら飲んだくれてやろう。そう心に決めてドアを開けると、意外や意外。カウンターには先客の姿があった。
「――なんだ、ジェリーじゃないか」
マスターはそう言って、「お楽しみじゃなかったのか?」とニヒルに笑った。
まるで自分の身に降りかかった惨劇をからかわれたようで、ジェリーはぶすっとしながら『いつもの席』についた。
「『お楽しみ』だったら、今ここにいるわけないでしょっ! もう、マスターもひとが悪いんだから……」
口をへの字に曲げながらぶつくさ文句を垂れるジェリーに、先客の紳士が微笑みかける。
「おやおや、何やら大変だったようですな?」
きれいな白髪と、立派にたくわえられた白いひげ。
爽やかなスカイブルーのトレンチコートなんて並のセンスでは着こなせないだろうが、彼の装いはビシッと決まっている。
「何があったかなんて野暮なことは聞きませんが、『女心は秋の空』と申しますから、お気になさらないのが吉ですよ」
紳士はそう言って席を立つと、ジェリーのすぐ隣のスツールへ移動してきた。
「せっかくですから、一杯おごらせて下さい。お隣、よろしいですかな?」
人の金で飲む酒ほど美味いものはない。そんなジェリーの気性をわかってのことだろう。注文をする前にマスターが、ジェリーのお気に入りであるグレンリベットを差し出してきた。しかもロック。気持ちよく酔いたい夜にはうってつけだ。
「くそぉぉ~~!! 今夜は朝まで飲むぞぉぉ~~~!!!」
力いっぱい雄たけびをあげると、ジェリーはグラスの中の酒を一気に飲み干す。
「おや、いい飲みっぷりで」
「おいおい、大丈夫か?」
外野の声になど聞く耳ももたず、ジェリーは酒をあおり続ける。
こうなったらもう、飲んだくれは止まらない。
ジェリー達の夜は、それから小一時間ほどして空がうっすらと白み始めるまで続いたのだった。