【小説第3話】たぬきからの脱出
そうやって身を乗り出されると、露出した胸元がより強調されて、目の保養……改め、大変目の毒である。
「いいいいかにもッ! 私が、あの! 名探偵ジェリーだッ!!」
視線をそらしたり戻したりしながら、ジェリーはそう言って得意げに胸を張る。心中では、彼女が自分のことを知っていたという事実に、すっかり有頂天だった。
「実は、少し困りごとがあって……助けて下さる?」
女はそう言って、ジェリーに向かって更に身を乗り出してきた。
「ほほぅ、困りごととは……ッ?」
毎秒2mmの速さで伸び続ける鼻の下を持て余しながら、ジェリーは彼女に尋ねる。
女は妖艶に微笑むと、勿体つけるようにしてゆっくりと口を開いた。
「下着が……」
女がその単語を発した時、ジェリーの興奮は最高潮に達する。鼻血を噴き出すまいと必死でこらえるが、めくるめく妄想は止められなかった。
「盗まれてしまったのよ。お気に入りだったのに」
深いブルーで彩られたネイルが、大きく開いた胸元をすっと撫でる。
「それはもう仕方が無いと思えるのだけれど……何だか怖くって……」
更には伏し目がちな視線とのコンボを決められて、ジェリーはもうK.O.寸前である。
「ならば、私の出番のようだなッッ!!」
――いや、すでにK.O.されていたようだ。
「美しい女性の危機に、黙っているようでは探偵の名がすたるッッ! その事件、私が解決しようッッ!!」
勢い込んで拳を握りながらそう断言するジェリー。見切り発車もいいところであるが、彼女はジェリーの言葉に安堵したように微笑んだ。
「本当? すごく嬉しい! ……それじゃあ、この後少しよろしいかしら?」
マスターが差し出したグラスに口をつけてから、彼女はひときわ艶やかな笑みでジェリーに問いかける。
「また泥棒がきたらと思ったら、怖くて眠れそうにないの……。ご一緒して下さる?」
飛び出した爆弾発言に、ジェリーの血圧は最高値を更新(2回目)。今にも鼻から全身の血液が噴き出しそうである。
「ももももも勿論だともッ!!!!」
もはや余裕がある風を取り繕うことさえできない。ジェリーの頭の中は、既にあんな妄想やこんな妄想であふれかえっていた。
「私の名前は花野舞。よろしくね、ジェリーさん」
そう微笑んだ彼女のグラスが空になるのに、さほど時間はかからなかった。