【小説第5話】たぬきからの脱出

April 3, 2016

 青い爪先がジェリーのひじの辺りをつつ、となぞる。

「たたたた、楽しいこと……?」

 もはや頭の中はそればかりだというのに、白々しく尋ねるジェリーは勿体をつけているわけではない。ただ単に意気地がないのだ。

「――もう。しらばっくれてもだーめ」

 舞はそう言って、甘えるようにジェリーに抱きついてきた。柔らかで温かな感触を肌で感じ、ついにジェリーの理性が決壊した。鼻息ではない温かいものが、たり、と鼻から垂れはじめる。

「きゃっ!」

 いきなり鼻血を噴き出したジェリーに、驚いて身体を離す舞。

 そんな二人の間にはらりと一枚、舞い落ちる小さな布きれがあった。

 コーラルピンクに、花柄のレース。繊細な刺繍が施されたそれを、ジェリーが見間違うはずもない。ずっと見たい見たいとせがみ続けた女性ものの――おそらくは舞の――下着だ。

「ど、どうして?!」

 舞は動転した様子で下着を拾い上げ、ジェリーをキッと睨みつける。

「もしかして……あなたが犯人なのっ?!」

 激しく詰問されて、思わず鼻血も引っ込んだ。

「いいいいや、そんなまさか……ッ!!」

 青ざめて激しく首を振りながら、身の潔白を主張するジェリー。

「じゃあ、どうしてこれがここにあるのよっ?!」

 それを言われると、もう太刀打ちできなかった。

 しかしながら、こちらに身に覚えがないのも事実である。

「そんなこと私に言われても……!!」

 結局飛び出したのは、そんな情けない台詞だ。

 舞は両眉を吊り上げながら、ソファの上のクッションを力任せにジェリーに向かって投げつける。

「出ていって!! さもないと警察を呼ぶわよ!!」

「ひぃぃ~~!!」

 『警察』という言葉に恐れおののいたジェリーは、一目散に舞の部屋を後にした。

「くそぅッッ!! どうして私は、こうもツイていないんだッッ!!」

 さようなら、めくるめくピンク色な夜。

 こんにちは、いつも通りの冴えない毎日。

 へろへろになりながら、ジェリーは逃げ場を探して走り続ける。

 そんな彼をあざ笑うかのように、野良犬らしい獣の遠吠えが、アオーンと夜の町に響いた。

 

「もしもし――こちら花野舞」

 アパートの室内。

 そこには、さきほどまでとは全く異なる、硬質な声で何者かに電話をかけている舞の姿があった。

「作戦コードA失敗。――至急コードBに移行する」

 必要最低限のボリュームに抑えられた話し声。

 受話器の向こうからは、「ラジャー」と一言だけ、低い男の声が聞こえた。

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